背徳感に魅せられて〝あの人〟を暴力的に食べてしまうのは何故なのか?【神野藍】
神野藍 新連載「揺蕩と偏愛」#2
■私を生かしているのは「喜び」よりも「苦しみ」?
目に入ったものを無造作にかごへ突っ込む。いつもだったら商品の裏に書かれている表示を隈なく確認してから手に取るものを、何の躊躇もなく手に取っていく。素早く会計を終わらせて、家までの道のりを急ぐ。ビニール袋の中で商品がぶつかり合う。ちゃんと綺麗におさまっているかなんて、そんなことを気にする余裕なんてない。
気がつくと空になった容器や袋が散乱していた。その光景を前に、私は静かに「ああ、またやってしまった」と悟る。何を口に運んだのか目の前に散らばるものを見れば事実として理解できるが、どんな味だったかなんて一つも思い出せない。私の中に残るのは身体の不快感とひどい眠気ぐらいだ。
「私はマックのポテト食べたくなるなー。それか背徳感がうんと感じられるもの」
友人にこの話をぽろっとこぼしたとき、そう返されたことがある。そんな話を真っ昼間にさらりと交わせるほど、ありふれたことなのだと気づいた。形は違えど、みんな何かを埋めようとしている。それが少しだけ私を安心させた。
フライドポテトは一本ずつつまむのが面倒で、手を出さなかった。背徳感のある食べ物であるという点では基準を満たしているが、どうしても私は簡単に口腔内をいっぱいにできるものを不思議と選んでしまうらしい。
余談ではあるが、私の中で酒だけは手を出さないと決めている。好きで、飲めるからまったく苦しくならない。苦しくないのに自分の意識している世界の外へと連れていく力を持っている。あんなものに頼ったら、すぐに飲み込まれる。それが恐ろしくて、距離を置いている。
私が行なっている暴力的な行為は本質的な解決ではない。目の前の苦しみを、別の何かで一時的に覆い隠しているに過ぎない。どうにか意識をそらしているだけ。ただの応急処置だ。感情の濁流に飲み込まれないための、一時的な逃げ場。だから、続かない。必ず終わる。短い逃避行のようなものだ。
何かを塞がないと、心が落ち着かない。口とか、喉とかどこかに痛みを加えたくなる。苦しみを別の苦しみに変換して、痛みをそのままの痛みとして受け取らないように。私を生かしているのは喜びではなく、苦しみの方なのかもしれない。
私は、しっかりとした道を歩いているのか。それとも、糸の上でバランスを取っているのかはっきりと分かっていない。確認しようとするが、目を落とせない。本当の真実を見つめてしまったら、何かが崩れてしまう気がするのだ。
文:神野藍
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